「或る日のルソー」

ブログに千麗十牛図を創るプロセスを書き記し始めたところで
突然ブログをストップしました。それは自分自身もそれにとらわれるし、観客も
その先入観をもってしまうので マイナスであることに気付いたゆえでした
今 これを書き記すにあたって その事を読むみなさんに言葉や文章にせねばお伝えできないしで
現在まずは書き散らしてみて、また訂正 書き直すものを思ってください
私は いつも作品を創ることで 多くのことを知って生きてきました
当初とは全く別なテーマが姿をあらわしてきたりで よく言われるように
創るということは 内在しているものをひっぱり出すことで 決して無から有ではない
ひっぱり出す力が弱ければここまで 強ければもっと別なものが姿をあらわす
今回も ルソー 不思議な出遭いでした
何の 知識もなく 学校の教科書で 黒ターバンの美少年 白いかつらをつけた 立派なルソー
ルソーのデスマスク 啓蒙思想 自然へ帰れ この程度の知識であり
小難しいことを書いた人、くらい・・・

十牛図公演終了後、東京からの来客あり、何をしている方ですか?とお尋ねすると
ルソーのエミールの教育論にもとづいた教育を・・・との自己紹介
そして同じく終演後の楽屋 一燈園の西田氏が「トルストイ展」へご招待下さいました
文学には関心なく、一燈園に関心があり 11月末 山科一燈園へ参りました
そこで トルストイが文豪で富豪であるにもかかわらず 82歳で富裕の家を出て 放浪の旅
旅先の駅舎で死をむかえる その生き方 思想に影響を与えたのがルソーと・・・
そして ほんの少し書かれているルソーの生涯も興味深いものでした・・・
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# by senrei-nishikawa | 2013-04-04 23:14

内側から生み出されるもの

先日、デザイナーの川崎和男先生と対談させて戴きました。

初対面でこんなに斟酌なしにオフレコのお話まで出来て、時の経つのも忘れるくらい、楽しかったです。
28歳の時の交通事故で車椅子の生活になられて、自分が本当に乗りたい車椅子をデザインしようと思いたって、それを成し、心臓の手術をうけたら、自分の体の中でこうあってほしいと思うペースメーカーをデザインし……

私はお話を聞き乍ら、突然 宇野千代先生を思い出して、26年前の作品「おはん」の話をして了いました。

「人の幸福、不幸は全て、その人の心の在り様次第なのですよ」と言われた宇野先生がこの方のお話を聞かれたら、あの眼をキラキラ輝かせてどんなにか喜ばれただろうと思い、その上、川崎先生がハンサムであることも宇野先生を喜ばせる要因になるだろうと思いつつ……。

「外側をデザインするのではなくて、まづその機能から考えて、そして人の心にどうあるべきかと内側からデザインをうみ出してゆく…」
こんな風に川崎先生は言われました。全く別な仕事と思いこんでいたのに、自分の仕事と同じであることを知って、現在創作中の「十牛図」のお話をして、11月10日の公演を是非みて下さいと言いました。

奥様は中原淳一の画のような方で、恋人同士のような御夫婦でした。
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# by senrei-nishikawa | 2010-06-25 19:29

山荘にて

今朝は、山荘で目覚めてCafe「Mt. West」の指定席で珈琲を飲んでいます。
可愛い娘さんがひとりで、ちょっとクッキーを焼いたりしてやっていて、営業時間は10:30~5:00。
ソファーの良い席にいつもお父さんが座っています。

脳内出血で半身不随になったお父さんの気分転換に・・・と、以前の喫茶「R162」がクローズして空き家になっていたものを借り受けて、彼女がペンキを塗り、椅子のカバーをつくり、リメイクして昨年の8月にオープン。珈琲は深煎でとても美味しく気に入っていて、時折訪れるお客とお父さんの対話、お店の細々としたことを楽しんでしている彼女の様子は、私を幸せな気分にしてくれます。

普通、仕事は利益がなければならないと考えるのでしょうけれど、彼女の仕事の利益は、お父さんと自分自身が日々を快く、よりよく過ごせることなのですねぇ。

私は2杯の珈琲で半日過ごすこともあり、彼女がお父さんを送迎するときはお店にひとり。
野菜やお米をわけてもらったり、山荘生活の一部分となっています。

急がない人、のんびり過ごしたい人、どうぞCafe「Mt. West」へ。
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# by senrei-nishikawa | 2010-05-01 10:46

「千麗十牛図」のこと 続き

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舞台図の構想です。



何故こうなのか と尋ねられても、今はまだよく分らなくて答えられません。上演する頃には、こうだから・・・と書けるかもしれません。


音楽については、笛、打楽器、声明、常磐津三味線、琴、ヴァイオリン、各々の皆さんに、日程と、この作品を創りたいと伝えているのみです。参考までに・・・と私の為に録音して下さったテープが手元にありますが、現在は五里霧中。



進展は、衣裳が定まり、5月4日に写真撮影を決めて、昨日床山(かづら屋さん)へ行きました。「十牛図」を見せて、美しいことを目的にしないで、男でもなく女でもなくやりたい、と伝え、ユニークな面白い髪型のかづらを2つ結い上げてもらいました。

衣裳は小林衣裳の小椋守彦さん、床山はかづら倖の中嶋孝治さん、いつものこと乍ら感謝してます。

今日から山荘滞在、京都を出発します。
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# by senrei-nishikawa | 2010-04-29 10:27

千麗十牛図

突然ですが、今秋11月10日(水)アルティで上演予定の「十牛図」のことを書きます。

e0183657_1251280.jpg1997年4月京都の思文閣美術館での「鈴木大拙没三十年記念展」で出遭いました。
それより以前に漠然と知ってはいたのですが、「出遭った」という感じがしたのはこの時。
ふり返ると河合先生の「明恵 夢を生きる」を作品化して「本来の自分」への意識を強く持ち出した時期だったゆえだと思います。

e0183657_129084.jpg「十牛図」は中国北宋の末、12世紀にはじまり、日本では室町時代に広まった禅の小テキストなのですが、上田閑照先生が「十牛図―自己の現象学」と書いていられるように、まさに「本来の自己」への道程で、いつか作品にできたらと思うようになりました。

e0183657_1293876.jpg作品化して舞うことによって、本当に識る作用というものをこれまでに経験していて、出遭った大事なものを深く識り得るには、作品にすることが私にとって一番の方法なのです。河合先生の「阿留辺幾夜宇和(あるべきようは)」も宮澤賢治「よだかの星」、ずーっと昔の「雪女」も、上演前に思い込んでいたことが全く違う展開をして戸惑ったり、不思議に思ったりしましたが、多分深いところで私の内で識っていたことが表出してくるのだなあ、と、この頃になって気付いてきました。
自分で自分自身へのこんな働きかけを得られる仕事は、仕事冥利につきますねぇ。

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さて、そんな訳でいつか十牛図を・・・と思いましたのに、なかなか出来ず年月が経っていました。
2009年1月。真赤な牛の絵・十牛図・MAYA MAXXの看板に「あっ」と思って何必館・京都現代美術館に入りました。
「見跡」には「はしごを昇るカウボーイ」が画かれていて、その大らかな取り組みに、眼からウロコが落ちる思いがしました。


e0183657_12305896.jpgそして思ふたのです。
「十牛図」を日本舞踊の題材にするなどということを他の人が不遜なことと思いはせぬか、と恐れる心、何か立派なもの、崇高なものにせねばならないと思う心が、これまで出来なかった理由だ。MAYA MAXXさんのように素直に、今の自分のありのままで創れば出来るのだと。
こんな次第で、現在決まっているのは低く細長い舞台と高い大きな舞台という舞台装置図。そして何人かの演奏の方々。



また、折々書きます。
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# by senrei-nishikawa | 2010-04-08 22:37