<< 「千麗十牛図」のこと 続き 河合隼雄先生へ >>

千麗十牛図

突然ですが、今秋11月10日(水)アルティで上演予定の「十牛図」のことを書きます。

e0183657_1251280.jpg1997年4月京都の思文閣美術館での「鈴木大拙没三十年記念展」で出遭いました。
それより以前に漠然と知ってはいたのですが、「出遭った」という感じがしたのはこの時。
ふり返ると河合先生の「明恵 夢を生きる」を作品化して「本来の自分」への意識を強く持ち出した時期だったゆえだと思います。

e0183657_129084.jpg「十牛図」は中国北宋の末、12世紀にはじまり、日本では室町時代に広まった禅の小テキストなのですが、上田閑照先生が「十牛図―自己の現象学」と書いていられるように、まさに「本来の自己」への道程で、いつか作品にできたらと思うようになりました。

e0183657_1293876.jpg作品化して舞うことによって、本当に識る作用というものをこれまでに経験していて、出遭った大事なものを深く識り得るには、作品にすることが私にとって一番の方法なのです。河合先生の「阿留辺幾夜宇和(あるべきようは)」も宮澤賢治「よだかの星」、ずーっと昔の「雪女」も、上演前に思い込んでいたことが全く違う展開をして戸惑ったり、不思議に思ったりしましたが、多分深いところで私の内で識っていたことが表出してくるのだなあ、と、この頃になって気付いてきました。
自分で自分自身へのこんな働きかけを得られる仕事は、仕事冥利につきますねぇ。

e0183657_12294560.jpg
さて、そんな訳でいつか十牛図を・・・と思いましたのに、なかなか出来ず年月が経っていました。
2009年1月。真赤な牛の絵・十牛図・MAYA MAXXの看板に「あっ」と思って何必館・京都現代美術館に入りました。
「見跡」には「はしごを昇るカウボーイ」が画かれていて、その大らかな取り組みに、眼からウロコが落ちる思いがしました。


e0183657_12305896.jpgそして思ふたのです。
「十牛図」を日本舞踊の題材にするなどということを他の人が不遜なことと思いはせぬか、と恐れる心、何か立派なもの、崇高なものにせねばならないと思う心が、これまで出来なかった理由だ。MAYA MAXXさんのように素直に、今の自分のありのままで創れば出来るのだと。
こんな次第で、現在決まっているのは低く細長い舞台と高い大きな舞台という舞台装置図。そして何人かの演奏の方々。



また、折々書きます。
[PR]
by senrei-nishikawa | 2010-04-08 22:37
<< 「千麗十牛図」のこと 続き 河合隼雄先生へ >>